ジョージアという国、
そして、ジョージアの人たちは、
自分たちの8000年以上にわたるワインの歴史や
培ってきた独自の文化、伝統をとても大切にし、
その生き方に大きな誇りを持っています。

自然を敬い、自然と調和し続けることを忘れない謙虚さ、
繰り返されてきた大国からの侵略にも屈しない強さ、
欧米の金融資本に流されない潔さを持ち続けています。
そこにはかつての日本の姿を見ることができ、
そこに私たちはとても大きな魅力を感じるのです。

そんなすばらしい国、
ジョージアの魅力を伝えたい、
まずは、心揺さぶる
至高のワインから...。

ギリシャ神話に険峻な山として登場する、コーカサス。
ジョージアは、北はコーカサス山脈、
西は黒海、南は西から東へとトルコ、アルメニア、
アゼルバイジャンに囲まれる
旧ソビエト連邦からの独立国です。

この地は、ヨーロッパで
1番の標高にあると言われるウシュグリ村。
ユネスコの世界遺産に登録されています。
スヴァネティのツミンダ・サメバ教会は
標高2,170mのクヴェミムタ山の山頂に
14世紀に建てられたジョージア正教の教会。
教会から見えるカズベキの
美しい山々は必見です。
高さ40mの岩柱の頂上に
教会と修道士の住居がある
カツヒ・ピラー。
天と地を結ぶ岩として
古くから信仰されています。
建造されたのは11世紀初頭の
ジョージア王のバグラト3世の治世下で、
バグラティ大聖堂の名はそこに由来しています。
北壁に残る碑文から、
床石が横たえられたのは
西暦1003年であったことが明らかになり、
1994年にゲラティ修道院とともに
ユネスコの世界遺産に登録されています。
ゲラティ修道院は、
1106年にジョージア王国の王ダヴィド4世によって創設され、
長い間ジョージアにおける知的・文化的な
中心地の一つとして機能してきました。
この修道院にはアカデミーがあり、
ジョージアを代表する科学者、神学者、哲学者たちを
多く擁してきたとされています。
ジョージアの首都、トビリシ。
紀元前4000年ごろの居住跡が確認され、
すでに4世紀のペルシア史料に、
この地域に集落があったことが言及される歴史ある美しい街。
アバノトゥバニの公衆浴場は伝統に従い、
地下から自然に湧き出た温泉のみを使用し、
トビリシという名前は、同市で湧き出る温泉にちなみ、
ジョージア語で「温かい」という意味の
「トビリ」に由来すると言われています。
ロープウェイは、リケ公園から旧市街の上空を通って、
ジョージアの母の像が立つナリカラ要塞まで連れて行ってくれます。

世界最古のワインは、黒海からカスピ海まで連なる
この地域に自生したブドウから生まれたと言われています。
ジョージアのワイン文化は8000年続くとも伝えられ、
悠久の歴史に育まれた珠玉の味が、いまなお大切に守り継がれています。

ジョージアワインが近年、世界で注目され始めている一番の魅力、それはナチュラルさです。
世界的にヴァン・ナチュールやビオワインがその実力を示し、話題を集めている昨今。
もともと自家用として栽培したブドウを陶器でできた甕(クヴェヴリ)に入れ、
敷地の土の中に埋めて発酵させる素朴な醸造法が、ほとんど変わらず続けられているのです。
ピュアで自然なその美味しさに、商業ワインに慣れた人びとが驚くのも無理もありません。

クヴェヴリによる醸造は、2013年ユネスコの世界無形文化遺産に登録されました。
奇しくも日本の和食が登録されたのも同じ年です。

もちろん最近の造り手たちは科学的な研究を重ね、
歴史的な手法を守りつつも、洗練された味わいを醸す努力を行っています。
古くから伝わるクヴェヴリ醸造によるジョージアワインは、
自然にゆだねる部分が多いだけに、まだまだ解明されていないことがあり、
可能性に満ちています。そんなロマンがまた、ワイン好きの関心をかき立てるのでしょう。

ジョージアには500種を超える
固有のブドウ品種があると言われ、
ヨーロッパ等のワイン産地と
大きく異なる個性を
生み出しているのです。

本当においしいワインをここで見つけました。

ご一緒に楽しみませんか?

ワインと共に愛される
ジョージア料理と言えば、ハチャプリです。
ジョージア語で「ハチャ」がチーズ、「プリ」がパン。
チーズを練りこみ焼いた舟形パンに、
さらにチーズと卵をのせたジョージア風ピザ。
街中ではいたるところにハチャプリ屋さんがあります。

ジョージアの人たちは、
自分たちの8000年以上にわたるワインの歴史や
培ってきた独自の文化、伝統をとても大切にし、
その生き方に大きな誇りを持っています。

ジョージアには、
交通の要所として古くからの文化が息づいています。
地中海世界から日本にまで続く
壮大な貿易路シルクロードにおいて
ジョージアもまたその要所として発展。
ジョージアのワインは、
エジプトにまで伝わったと言われています。

クラ川は、
カフカス山脈から流れる川で、
トルコ東部に水源を持ち、
ジョージアを経由して
アゼルバイジャンに入り、
アラス川と合流し、
カスピ海に注ぎます。

ジョージアの歴史は複雑です。
紀元前、西にコルキス王国、東にイベリア王国が栄え、
隣国ローマ帝国やササン朝ペルシアの侵攻を受けながら、
4世紀には世界で2番目のキリスト教国家になります。
その後も、隣国からの侵略に抵抗しながら、
11世紀頃から統一が始まり、12世紀のタマル女王の時代に、
現トルコ北東部、アルメニア、
アゼルバイジャンの一部にまで領土を広げ最盛期を迎えました。
14世紀には、モンゴルの侵攻により国力が弱まり
3つの王国と5つの公国に分裂。
その後、オスマン帝国やサヴァヴィー王朝の属国になり、
19世紀初頭には南下してきたロシア帝国によって併合。
1921年にはソビエト連邦の一部になり、ソビエト崩壊後、
1991年に独立を果たしました。

ソロラキの丘に立つ、
「ジョージアの母」と呼ばれるシンボル像。
右手には剣を、左手にはワインの杯を持ち、
敵には剣で立ち向かい、
友にはワインで歓迎するという
ジョージアの精神を表しています。

自然を敬い、自然と調和し続けることを忘れない謙虚さ、
繰り返されてきた大国からの侵略にも屈しない強さ、
欧米の金融資本に流されない潔さを持ち続ける国、ジョージア。
そこにはかつての日本の姿を見ることができ、
そこに私たちはとても大きな魅力を感じるのです。